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掃除が己を変える(3/4) ~会社の品格が見える~ [哲学]

 じゃあ、掃除を疎かにする会社は一体なんなのだ?心を疎かにしているのだが、そのことに全く気付いていない。その理由は、信条や理念といった軸がないからだ。あったとしても軸がぶれまくっている会社のはずだ。特に、社長の軸がぶれまくっている。「仕事と掃除」、これらはすべて共通した概念である。たかが掃除だが、されど掃除だ。掃除の様子を見るだけで、その会社のレベルは測れてしまう。要するに、どんなに立派なビルに事務所があっても、どんなに業績が良くても、その会社の掃除を見ただけで会社の格はわかってしまう。それだけに、掃除を侮ってはいけないはずなのだ。
 商売人は絶対に掃除を軽んじることはない。そういう風に教育されてきたからだ。だから、先にも述べたが、店主らが一番目立つ場所を掃除し、道行く人ににこにこ笑いかけながら挨拶することを怠らない。規模は違えど、社長や店長と名の付く人は見習う必要がある。決して個人を相手に商売している人だけの話じゃない。ここがわかってないから、トップは部下から尊敬されないのだ。逆に、前述のトイレをひたすら掃除する社長、一途に掃除を仕事以上に重要視する上司、彼らが尊敬されないわけがない。
 最初は、なぜここまで掃除が大切なのかわからない。その答えはやってみればわかる。社長がひたすら掃除する姿を眺めていても、その答えは見つからない。何でもそうではないか。野球だって水泳だって、本を読んでわかった気になっても、いざ自分でやった時初めて、その難しさに気付くものだ。それと同じだ。だから、真剣に取り組むその意味がわからないなら、自分も同じことを真剣にやってみればよいのだ。
 個人だけの話ではない。掃除は会社の品格をも試す。会社を訪れる第三者、つまりお客さんは、掃除がされているかどうかを見る。見るというよりは、自然と見えてしまう。例えば応接室に案内されたお客さんは、その会社の品格を測る。掛かっている絵が曲がっているとか、日めくりカレンダーの日付が二日前のままだとか、電話器のコードがよじれてるとか、ブラインドを上げている高さがまちまちだとか、数えたら切りがない。お客さんは常にこういった事例において、会社の品格を見ている。そして、だらしない会社だという印象になり、社長がダメだなという風になる。さらに、「この会社に女性は一人もいないのか?」となる。女性には悪いが、これが現実だから聞いてくれ。
 女性は美の象徴だ。美しいものを愛でる性質は、男の比ではない。生物的にそうなのだ。綺麗な花に感動できるのは女性だ。男は「きれいな花だな」と思うかもしれないが、感動するまでに至らない。美味しい物を食べた時もそうだ、女性ほどの感動は男にはない。そんな、きれいを感動できる生き物であるから、整っていないことには男よりも敏感で、気づき易いのだ。だから、「女性はいないのか?」という発言に繋がる。そこから、女性の教育もダメだなという印象を与えてしまう。どんなに美人が来てお茶を出されても、電話器のコードがよじれていれば、幻滅なのである。

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