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「優しさ」と「甘さ」(5/9) ~カス集団を見抜け!~ [哲学]

 一方、ホンモノの親分肌は違う。本人は、周りに人が集まるのは邪魔くさくて嫌なのに、周りから寄ってきてしまう。言葉もぶっきらぼうだし、本音をズケズケと言うものだから、周りから見るとがさつな不作法者に映る。厳しいことを言ってるにもかかわらず、なぜか人が寄ってゆく。よく観察すればわかるのだが、厳しいことを言うだけでなく、面倒見がいいのだ。優しさの押し売りなんかしない。エセ親分と違って、周りの評判なんかはどうでもよい。本当に気になるから、何とか助けてやりたくなる、ただそれだけだ。困ってる人を見捨てられない性格だから、あれこれとお節介だ。それも筋金入りのお節介の軸があり、その信念に基づいて行動するから、人は惚れてついてくるのだ。そんな人は絶滅危機に瀕しているが、サラリーマンやってたら、たまに見かけるに違いない。
 エセ親分肌とホンモノの親分肌の一番大きな違いは、魂胆があるかないかだ。エセ親分は、本当はホンモノの親分肌にあこがれている。周りに自然と人が集まってくればいいなと思ってる。しかし、現実はだれも周りに来ないから、自分からエサを撒いて人を集める。結果的に、人が周りに集まってる状態であれば、ホンモノの親分に見える。だが、皆はホンモノかエセかをきちんと見極める必要がある。エセ親分にくっついていっても、良いことなんか一つもない。エセ親分を取り囲んでいる奴らをよく見てみろ。くだらん連中が多いことに気づくはずだ。エセ親分を利用してなにかを企んでいる奴だとか、エセ親分の財布に寄っていく奴だとか、エセ親分のおこぼれに頂戴しようと考えてる奴だ。ろくなもんじゃない。特にダメヤローは、エセ親分のカクさんスケさんだ。要は、そのグループでのナンバー2を気取ってる奴だ。本当にどうしようもないぞ。エセ親分に最も取り入っているから、エセ親分には一番気に入られているはずだ。それをいいことに、その威光を借りて、あたかも自分が親分のように振る舞う。アニキは、そういう奴を「ねずみ男」と呼ぶのだが、一番たちが悪い。
 もし、君が新人で、年の近い先輩に誘われて、親分と呼ばれるような人の集まりに参加したとしよう。そこで君臨している親分がエセかどうかを見抜くポイントがある。まず、確認することは、親分のそばに「ねずみ男」がいるかどうかだ。ねずみ男を発見したなら、すぐ帰るべきだ。が、社会人経験の少ない新人には、なかなかわからないかもしれないから、次のポイントを教えよう。それは、前述のごとく、親分の周りを囲んでいる輩のレベルだ。他意のない心がきれいな人が多いかどうかだ。やたら命令口調で、下の人間を威圧するものの言い方をするような気配を感じたら、ほぼ間違いなくエセ親分の集合体だ。ホンモノの親分を囲っている集まりなら、親分やその側近はみんながハッピーかどうかに気を配るもの。楽しさを基調としていない、殺伐とした空気を少しでも感じて、そこには威張ってる奴がいて、それをそのさらに上の人間が制止できないとするなら、残念だがそこはカスの集まりだ。エセ親分を頂点とした烏合の衆の集団である。さっさとおさらばするに限るのだ。そこの親分が、いくら昼間は仕事ができると評判の高い人でも、その集団は自分で集めたカスの集まりである。
 カスの集まりに捕まると、次第に運が悪くなり、人生が負の局面に入るから、人生の成功からかなり遠回りになる。優しさをはき違えると、落とし穴に落ちるのだ。


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