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人生の準備期間「学校」(4/17) ~小学校は「心の教育の場」~ [哲学]

 魂を鍛える前に、脳を鍛え上げなければならないが、脳はストレスで鍛えられる。アニキはストレスを「心のストレッチ」と呼んでいるが、まずは幼稚園で軽いストレッチから経験してゆくのがとてもよい。カラダのストレッチと同じで、心地よいストレッチが大事だ。いきなり相撲の股割りなんかさせても無理だろう。それと同じだ。カラダが壊れてしまう。魂だって同じだ。魂を育てるためには、その防御役である脳を育てなければならない。脳はストレスというストレッチによって成長する生き物だ。いきなり過度のストレスを浴びると、防御できずに壊れてしまい、精神に異常をきたしてしまう。だから、適度なストレスから人生もスタートすべきであり、幼稚園で軽いストレスを経験して、次の小学校という重めのストレス社会に耐えられる基盤を作ることになる。

 小中学校は日本人なら大体だれでも行く。義務教育だからあたり前だな。現代は高校・大学まで行く人も多い。通算16年は勉強だ。ここから本当の人生の準備期間が始まる。ある程度、幼稚園で最初の心のストレッチを終えた子ども達は、ほとんど小学校に入学する。ここで勉強を教わったり社会を経験するわけだが、一番大事な心の教育が疎かにされている。小学生から中学生にかけての時期に、最も心が成長する。その時期に、カラダと脳ばかかりを成長させてしまう。算数や理科などの技術は脳を機能的に作り上げるためにはいい。それは誰でもわかっている。体育やスポーツでカラダが作り上げられるのもよいこと。それも常識だ。しかい、その影で疎かなにされているもの、それが心だ。心の教育と言えば、学校では道徳しかないのだが、その道徳についても、「道徳的教育はすべての授業の中でおしえられねばならない」という精神論だけ旗揚げされたような、曖昧な状態だ。今年から見直されるらしいが、受験科目にでもしないかぎり、学校教育の柱とはならないだろう。それに、「道徳の授業だけで心の教育はOKだ」みたいな感覚じゃ、子どもの犯罪は減らないだろう。スマホやネットが広がり、昔では考えられないような心をいじめる犯罪が増えている。特に、心が未熟な子どもにはたまったもんじゃない。子どもは大人のようにある程度社会で鍛えられていない。親が、「我慢しろ、無視しろ」とか、「やられたらやり返せ」的なアドバイスは大人を基準として考えている。柔軟な心がないと、心がちぎれてしまう。

 だから、幼稚園で少し伸び始めた心に、もっと柔軟性を持たせないといけない。それが小学校の役目であり、そこでやらなければならないのは、自分の心だけではなく、他人の心も同時に伸ばしてやらなければならないのだ。そのためには教師のレベルも上げなければならない。そういう意味では、坊さんは心の授業が本業だから、歴史上の日本ではお寺で勉強を教わっていたというのは理にかなっていたのだ。

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