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魂の謎(6/6) ~脳への感謝~ [哲学]

 なぜ創造主は、暴れ馬ではなく、桃太郎のように従順なお供を付けてくれないのだろうか?ここにも疑問はあるのだが、そう思うこと自体がおかしい。創造主は、自分で乗り物から探せとは言ってない。すでに乗り物は与えてくれている。そこに温情はある。厳しい中にも、創造主の優しさがあるのだ。確かに、乗り物から探すとなると、まず人生自体が始まらないぞ。乗り物が見つからない奴であふれかえるから、修行どころではない。たくさんの魂が肉体を求めて浮遊しているような状態だ。想像しただけで気味が悪いよな。だから、暴れ馬でもいいから、事前に与えてくれるだけありがたいことなのだ。
 そろそろまとめようか。だから、暴れ馬を手馴づけて、課題をクリアして次のステップへ行こうぜということだ。魂の謎が解けたのだから、今世は楽に乗り切らないとダメだろう。つまりだ、脳にもカラダにもいいことをすることで、暴れ馬の主人となり、乗りこなすことができる。乗りこなした時、その今世の乗り物はゲームでいうところのコンボ状態だ。まさに無敵であり、今世の課題へ向かって進むことができる。
 これが魂の修行なのである。人生はちょっとしたことに気付くか気付かないかだ。だから、魂の謎が解けてしまえば、実に簡単なのだ。脳と仲良くすることを考えることで暴れ馬を乗りこなすことができる。そうなれば、馬は決して主人を裏切らない。主人をかばう存在となる。この状態で人生をスタートさせる。あとは脳のシグナルに注意しながら進めばよい。脳は創造主への報告役なのだが、実はもっとも忠実なしもべであることを忘れてはならない。魂の参謀であり、うまく人生を乗り切るヒントをくれる。しかも、この参謀ぶりはハンパじゃない。脳は見返りなどを求めないから、自分の手柄をアピールしない。あたかも魂が自分自身で考えて行動したかのように振る舞うから、魂も勘違いしてしまう。陰ですべて脳がヒントを与えているのだが、そのことには気がつかず、愚かにも魂自身が優秀であるかのような錯覚に陥る。最終的に成功を手にした魂は、自分が優秀だからだと思い、それを誇ることになってしまう。本当は、すべては脳の導きで成功しているのに、そのことを無視してしまう。自分、つまり魂だけの力ではないことに気付くことが必要なのだ。自分自身が成功を手にしたとき、「俺ってやっぱりすごいな」と勘違いしてしまう。そうじゃない、脳の手柄だ。脳がすごいのであって、おまえは別にすごくないのだ。
 だから、脳に感謝しなければならない。これが足りないから、また病気になったり、精神に異常をきたしたりするのだ。人生の最後まで運が良く、成功したままで終わりたいなら、脳への感謝を忘れるなということなのだ。脳に感謝してみろ、すごいことが起こるぞ。逆に、「ツイてねー」なんて言うと、脳はカチンときて悪いことを起こさせようとするからな、気をつけろよ。そういう愚痴は魂が脳に対して吐いている悪口だと気づくべきである。
 ここは大事だから、もう一度いう。なにかちょっとした良いできごとが起こった場合や、偶然にツイてるできごとが起こった場合、これは脳が起こしてくれてるわけで、それに感謝しなければならない。奇跡は自分の脳が起こす、神様じゃない。この事実を忘れず日々行動するだけで、ツキが今までとぐんとちがってくるはずだ。いいことがあったら、常に「脳に感謝」だ。これを覚えておいてくれ。アニキはいつも感謝が大事だって言ってるその意味はここでも同じだ。他人に感謝すると、「感謝トルネード」が起こると過去ブログ「脳の謎」や他でも何度も話している。ところが、一番感謝すべきなのは実は自分の脳である。自分の脳に対して感謝すると、魂自体の中に「感謝トルネード」が起こる。だから、魂が脳に対して感謝の気持ちを持つことこそが、人生のカギである。
 アニキが言いたかった「魂の謎」とは、まさにこのことである。

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